あり、転じて崇敬の対象であつた。
 さうして多くの伝説を生み、又主としてこの点で、文学とも結びついてゐるのである。
 山の伝説の主要なものは、空想的なものでは狐狸妖怪、現実的なものでは、鬼山賊のたぐひであるが、馬琴のやうな近世の碩学でも狐狸妖怪の伝説を真面目に書いてゐるのであつた。
「みな土俗の口碑に遺す昔物語にして、今は彼老狸を見たるものなしといへば、あるべきことならねど、童子の為に記すのみ、しかるやいなや、はしらず」
 こんな風な断りがきはしてゐるが、伝説の紹介ぶりは、証人の名をあげたり、御丁寧に地図まで載せて、決して「童子の為に」しるしてゐるやうな様子ではないのである。
 馬琴が地図入りで紹介してゐる伝説のひとつに佐渡二ツ岩の弾三郎といふ狸がある。前記の断り書きも、この狸のくだりに有るものである。

   (二)[#「(二)」は縦中横] 出狐狸の役割

 佐渡ヶ島二ツ山の狸弾三郎の伝説は、馬琴の「燕石雑誌」に載つてゐる。
 また「諸国里人談」にも現れ「利根川図志」などにも引合ひに出されてゐる。
 この狸はひとつの人格を持ち、職業を持ち里人と密接な交渉を残してゐるので、異色あるもの
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