の立ち並んでいる所で、各々の戸口に美人女給が立って、露路へ迷いこむ通行人を呼びこみ、時には手を握って引っぱりこもうとしたりした。
 私はゴンドラを見出してズカズカはいった。王子君五郎氏はそこのバーテンだろうと思ったのである。然し、バーテンダーは彼氏ではなかった。見廻したが、まだ、ほかにお客が一人もおらず、女給のほかに男は見当らなかった。
「この店に王子君五郎という人がいるときいたんですが、もしや、常連にそういう人がおりませんか」
「君ちゃんでしょう。えゝ、おります」
 と、こゝでは躊躇なくズバリと答えた。
「君ちゃーん。お客様よ」
 と、一人は奥へよびかけた。
 これから、どういう事が起ったか、ということについては、二十の扉や話の泉でかねて頭脳練成につとめている皆さん方、お分りですか。あと、三十秒。鐘が鳴らなかったら、皆さん方は、当事者の私よりも、御練達の士なのである。
 王子君五郎氏はまさしく現われてきたのである。然し、これを君五郎氏と云っては、あるいはよろしくない。君ちゃん、である。然し、君ちゃん、と云うのも異様であるが、動物園の象に花子ちゃんとか、それで通用する世間でもあるから、
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