る盛り場の碁会所で、自分の家ではないけれども、昼間は、必ずそこにいるからと云った。
退院してまもない夕方であった。彼の住む盛り場の近所へ所用があって出向いたが、そこは私の始めての土地で、おまけにその日は一人であり、知っている土地へ戻って一杯やるのもオックウであり、さりとて飲むべき店も見当がつかない。私は王子君五郎氏を思いだした。彼の厚意に報いるにもよい機会だから、誘いだして、このへんで一杯のもうと思ったのである。
碁会所はすぐ分った。
「王子君五郎さんはいますか」
ときくと、二人の娘がしばらく額をよせ集めてヒソヒソ話していたが、
「あゝそう、君ちゃんのことよ」
と、一人が大声で叫んだ。
「なんだ。君ちゃんか」
二人の娘は笑った。
「君ちゃんは、もう、いません、お風呂へ行った筈ですから、今日はもう来ませんわ」
「どこかへ行けば、会える場所があるんですか」
「それは、お店よ」
「お店?」
「御存知ないんですか。カフェー・ゴンドラと云いましてね、そこの露路の中程にあります。もう、出たころでしょう。でも、まだかも知れないわ」
私は礼をのべて、その露路へ行った。そこは軒なみにカフェー
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