工であり、同時にあとで分ったが、丁半の賭場へ通っていた。然し本職のバクチ打ちではない。お金の必要があって、時々でかけるらしいが、いつもやられるのがオキマリのようで、工場も休んで、たいがい碁会所へ来ていたが、いつも顔色が冴えなかった。根は非常にお人好しで碁は僕に井目《せいもく》おいても勝てないヘタであったが、熱中して打っていた。彼氏の賭場に於ける亢奮落胆が忍ばれるようであった。
 碁だけなら、さのみツキアイも深まらなかったのだろうが、夕頃、国民酒場へ行列というダンになって、私は彼氏の恩恵を蒙ったのである。行列の先頭を占めている三十人ぐらいは、みんなバクチ打ちである。その中へ彼も遠慮深くはさまっていたが、私を見つけて自分の前へ入れてくれる。これがどうも、前後左右のホンモノのヨタ者連に比べて、まことに威勢がなく、一人ションボリ冴えない感じで、入れて貰う私が、羞しく、又、非常に彼が痛々しかった。
 三月十日の大空襲で、日本政府が大いに慌て、私の住む工場地帯は俄に大疎開を行うことになり、たった一つの区で、二三万戸の家を叩きつぶすことになった。これが一週間ぐらいの短時日に終了するという命令である。
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