空襲とオツカツぐらいに上を下への大騒ぎだ。町の到る所で、学徒隊が屋根をひっぺがし、柱を捩じ倒し、戦車も出動して、家を押しつぶす。濛々たる土煙り、その中を疎開の人々が右往左往に荷物を運んでいる。この一区の大疎開によって、タンスなども二十円ぐらいに値下りしたというぐらいなものであった。
 そのくせ、家を叩きつぶして百|米《メートル》道路を何十本つくってみたって、ふだんの火事と違う。火の手が一ヶ所からくるわけではなく、焼夷弾をマンベンなくバラまかれるのだから疎開道路などは一文の値打もないのである。後日完全無欠の焼け野原となり、もうけたのは町会長とか、そういう連中で、疎開でねじ倒した材木だけ焼《やけ》ないのがあったから、無断チャクフクして旬日ならずして新築した。
 王子君五郎君も、哀れ、疎開の運命となった。賭場などへ通い、国民酒場の行列の先頭組のくせに、まったく能がないのである。荷造りし、それを田舎へ運ぶ段取りが手際よく行かない。荷物の発送が誰よりおくれて、そのとき、私の家へ一週間ばかり泊めてやった。
 終戦直後、上京した時、さっそく私を訪ねてきて、私の一室へ住みたそうであったが、近所の罹災組
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