うち酒がまわり、談たまたま去年死なれた豊島さんのお嬢さんの話になった。腹膜で死んだのだ。非常な苦痛を訴えるのでナルコポンを打ったという。すぐ、ケロリと痛みがとまったそうである。
そこで、拙者が、云った。
「ナルコポンというのは麻薬です。太宰がはじめて中毒の時も、パントポンとナルコポンの中毒だったそうです。僕の病院では重症者の病室がないので、兇暴患者が現われると、ナルコポンで眠らせて松沢へ送るそうです。これはモヒ系統の麻薬です。僕の過飲した睡眠薬は、市販の、どこにもここにもあるというヘンテツもないシロモノです」
「へえ、じゃア、睡眠薬と麻薬は違うの?」
と、豊島さんは目を丸くした。
日本の代表的文化人たる豊島さんでも、こういうトンマなことを仰有《おっしゃ》るのである。私が麻薬中毒というデマに苦しめられたのは、当然かも知れない。
私が退院する一週間ほど前の話である。
王子君五郎という三十ぐらいのヤミ屋がヒョッコリ見舞に来たのである。私は自分勝手にヤミ屋とアッサリ片附けたが、王子君五郎氏は異論があるかも知れない。
私が彼と知りあったのは、戦争中の碁会所であった。当時の彼はセンバン
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