。酔っていたから、助平根性は容赦なく掻き立てられても、穏やかならぬ話にこもる凄味はさすがに胸にこたえた。
「文学の指導たって、芸ごとは身に具わる才能がなければ、いくら努力してみたって、ダメなものですよ。それを見た上でなくちゃア返事のできるものじゃアないね」
「然し、先生、こんなことは、ありませんか。かりにです、かりにですよ。いえ、かりじゃアないかも知れません。天才てえものが気違いだとします。天才てえものは気違いだから、ほかの人の見ることのできないものを見ているでしょう。それがあったら、これはもう、ゆるぎのない天分じゃありませんか」
 私はお人好しで温和なこの男が、こんなに開き直って突っかゝるのを経験したことはなかった。私は内々苦笑した。私自身、精神病院から出てきたばかりだからであった。
「天才だの気違いだのと云ったって、君、僕自身、精神病院で、気違いの生態を見てきたばかりだが、気違いは平凡なものですよ。非常に常識的なものです。むしろ一般の人々よりも常識にとみ、身を慎む、というのが気違い本来の性格かも知れないね。天才も、そうです。見た目に風変りだって、気違いでも天才でもありゃしない。よし
前へ 次へ
全24ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング