ければ、それでいゝ、之が人道、正義と云ふものではないか、と言つて、洗ひざらひ楽屋を打開けて、単刀直入切りだした。
 楽屋を打開けたものだから、朝鮮軍は軽蔑した。彼らは日本軍に文句なしの敗戦を喫したけれども、明軍を当にしてゐる彼等、自分一個の実力評価の規準がない。自分は負けたが明軍がくれば日本などは問題外だときめてゐる。その明軍の到着がすでに近づいてゐることが分つてゐたから、至極鼻息が荒くなつてゐるところへ、行長が楽屋を打開けたから、日本軍はもはや戦意を失つてゐる、明の援軍近しときいてすでに浮足立つてゐるのだと判断した。こういふ有様の日本軍なら明の援軍を待つまでもない、俺の力でも間に合ふだらう、と唐突に気が強くなり頭から甜《な》めてきた。そこで行長の交渉に返答すらも与へず、返事の代りに突然全軍逆襲した。行長は不意をつかれて一度は崩れたが、何がさて相手は鉄砲もない朝鮮軍のことで、行長を甘く見たから一時鼻息を荒くしたといふだけのこと、坡州から援兵が駈けつけて日本軍の腰がすはると、もう駄目だ。元の木阿弥、てもなく撃退されてしまつた。
 明の大軍が愈々近づく。之ぞ目指す大敵、将星一堂に会して軍略
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