せ死ぬ命が一つなら、大明を直接相手に大芝居、即刻|媾和《こうわ》を結んでしまふ。どんな国辱的な条件でも、秀吉が気付かなければいゝではないか。自分が中間に立つて誤魔化してしまふ。一文の利得もなく一条の道義もないよしなき戦争、徒なる流血の惨事ではないか。間違へば自分の命はなくなるが、無辜《むこ》の億万人が救はれる。日本六十余州にも平和がくる。明も、朝鮮も、無意味な流血から救はれるのだ。
 そこで朝鮮本営へ密使を送つて明への和平斡旋方を切りだしたが、根が正直な男であるから自分一個の思ひつめた決意だけしか分らない。外交の掛引だの、朝鮮方の心理などには頓着なく、お互に無役な血を流すのは馬鹿々々しいことではないか、我々日本の将兵は数千里の遠征などは欲してゐないし、朝鮮も明も恐らく同じことだらう。要するに戦争の結果が単に三国の疲弊を招くだけのことにすぎないのだから、どつちの顔も立つやうにして、こんな戦争は一日も早く止す方がいゝ。さうではないか。即刻明へ和平斡旋に出向いてくれ。和平の条件などは自分と明とで了解し合へばそれでいゝので、どんな条件でも構はぬ。自分が途中でスリ変へて本国へ報告してシッポがでな
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