とはいへ、三成は周到な男であるから、一方遠征に対して万全の用意を怠らず、密偵を朝鮮に派して地形道路軍備人情風俗に就て調査をすゝめる、輸送の軍船、糧食の補給、之に要する人夫と船の正確な数字をもとめて徴発の方途を講じてもゐた。
如水は三成の苦心の存するところを知らぬ。淀君のもとに島左近を遣して外征の挙を阻止する策を講じたときいて、甚しく三成を蔑み、憎んだ。如水の倅長政は政所の寵を得て所謂政所派の重鎮であり、閨閥に於て淀君派に対立してゐるものだから、淀君派の策動は間諜の手で筒抜けだ。小姓あがりの軟弱才子め、戦争を怖れ、徒《いたずら》に平安をもとめて婦女子の裾に縋りつく。
三成は如水隠退のあとを受けて秀吉の帷幕随一の策師となつた男であるから、尚満々たる血気横溢の如水にとつて、彼の成功は何よりも虫を騒がせる。三成は理知抜群の才子であるが、一面甚だ傲岸不屈、自恃の念が逞しい。如水の遺流の如きはもとより眼中になく、独特の我流によつて奇才を発揮してゐる。人づきの悪い男で、態度が不遜であるから、如水は特別不快であり、三成の名をきいたゞけでも心中すでに平でない。その才幹を一応納得せざるを得ないだけ
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