平定したけれども、之は表面だけのこと、謀反、反乱の流言は諸国に溢れてゐる。朝鮮遠征に心から賛成の大名などは一人もをらず、各人所領内に匪賊の横行、経済難、困《こう》じ果てゝゐる。町人百姓に至つては、大明遠征の気宇の壮、さういふものへの同感は極めて僅少で、一身一家の安穏を望む心が主であるから、不平は自ら太閤の天下久しからず、謀反が起つてくつがへる、お寺の鐘が鳴らなくなつたから謀反の起る前兆だなどゝ取沙汰してゐる。
家康が名護屋《なごや》に向つて江戸を立つとき、殿も御渡海遊ばすか、と家臣が問ひかけると、バカ、箱根を誰が守る、不機嫌極る声で怒鳴つた。まことに然り。謀反を起す者、家康如水の徒ならんや。広大なる関八州は家康わづかの手兵を率ゐて移住を完了したばかり、土着の者すべて之北条恩顧の徒ではないか。日本各地おしなべて同じ事情で、領主の武力がわづかに土賊の蜂起を押へてゐるばかり。家康が関東へ移住と共に、施政の第一に為したことが、領内鉄砲の私有厳禁といふことであつた。
真実遠征に賛成の大名などは一人もをらぬ。伊達政宗は相も変らず領土慾、それとなく近隣へチョッカイをだして太閤の怒りにふれ謀反の嫌
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