疑を受けた。大いに慌てゝこの釈明を実地の働きで表すために自ら遠征の一役を買つて出て、部将の端くれに連なり、頼まれぬ大汗を流してゐる。かういふ笑止な豪傑もゐたけれども、家康も利家も氏郷も遠征そのことの無理に就て見抜くところがあつたし、国内事情の危なさに就ても太閤の如くに楽天的では有り得ない自分の領地を背負つてゐた。秀吉が名護屋にゐるうちは睨みがきくが、渡韓する、戦果はあがらぬ、火の手が日本の諸方にあがつて自分のお蔵に火がついて手を焼くハメになるのが留守番たち、一文の得にもならぬ。
 家康、利家、氏郷、交々《こもごも》秀吉の渡韓を諫める。然し、秀吉は気負つてゐるし、家康らは又、異見の根柢が遠征そのことの無理に発してゐるのであるが、之を率直に表現できぬ距りがあり、ダラ/\と一は激し、一はなだめて、夜は深更に及んだけれども、キリがない。このときであつた。襖を距てた隣室から、破鐘《われがね》のやうな声できこえよがしの独りごとを叫びはじめた奴がある。如水であつた。
「ヤレヤレ。天下の太閤、大納言ともあらう御歴々が、夜更けに御大儀、鼠泣かせの話ぢや。御存知なしとあらば、遠征軍の醜状いさゝかお洩し申さ
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