かりか四隣に兵をさしむけて私利私闘にふける、遂に御成敗を蒙るは自業自得、誰を恨むところもござらぬ。一命生きながらへるは厚恩、まことに有難いことでござる、と言つて、敬々《うやうや》しく御礼に及んだものである。
家康は人の褌を当にして相撲をとらぬ男であつた。利用し得るあらゆる物を利用する。然しそれに縋り、それに頼つて生きようといふ男ではない。松田憲秀の裏切露顕の報をきいて、家康は家臣達にかう諭した。小田原城に智将がをらぬものだから、秀吉勢も命拾ひをしたものだ。俺だつたら、裏切露顕を隠しておいて、何食はぬ顔、秀吉の軍兵を城中に引入れ、皆殺しにしてしまふ。秀吉方一万ぐらゐは失つてをる。裏切などは当にするな、と言つた。奇策縦横の男である故奇策にたよらぬ家康。彼は体当りの男である。氏直づれ、信雄づれの同盟がなくて生きられぬ俺ではない。家康は自信、覇気満々の男であつた。
小田原落城、約束の如く家康は関八州を貰ふ。落城が七月六日、家康が家臣全員ひきつれて江戸に移住完了したのが九月であつた。その神速に、秀吉は度胆をぬかれた。移住完了の報をうけると、折から秀吉は食事中であつたが、箸をポロリと落すのはか
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