の同席、本人の面汚しはさることながら、同席の武辺者がとんだ迷惑などゝ考へてをりましたもので、殿下のお言葉、よくも承りませず、新六郎とカン違ひを致した。イヤハヤ、年甲斐もない、とんだ粗相。また、とぼけをる! チンバめ! 秀吉は叫んだが、追求はしなかつた。
チンバめ、顔をつぶして、ふてくされをる。持つて生れた狡智、戦略政策にかけて人並以上に暗からぬ奴、いさゝかの顔をつぶして、ひがむとは。秀吉は肚で笑つたが、如水は新六郎の首をはねて、いさゝか重なる鬱を散じた。家康にめぐる天運を頻りにのぞむ心が老いたる彼の悲願となつたが、その家康は、さすがに器量が大きかつた。
氏政は切腹、世子氏直は高野へ追放、この氏直は家康の娘の聟だ。一家断絶、誓約無視は信長など濫用の手で先例にとぼしからぬことではあるが、見方によれば、家康の手をもぎ爪をはぐやり方、家康のカンにひゞかぬ筈はない。けれども、家康は平気であつた。
秀吉が家康をよびよせて、北条断絶、氏直追放の旨を伝へ、氏直は貴殿の聟、まことにお気の毒だが、と言ふと、イヤイヤ、殿下、是非もないことでござる。思へば殿下の懇《ねんごろ》な招請三ヶ年、上洛に応ぜぬば
前へ
次へ
全116ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング