なかつた。彼は通俗の型を決定的に軽蔑し、通俗を怖れる理由を持たない代りに、ひとりよがりで、三成すらも自分の趣味の道具のひとつに考へてゐるばかりであつた。家康も直江山城を怖れなかつた。怖れる理由を知らなかつた。山城は家康を嫌つてゐたが、それはちよつと嫌ひなだけで、実は好きなのかも知れなかつた。反撥とは往々さういふもので、そして家康は山城に横ッ面をひつぱたかれて腹を立てたが、憎む気持もなかつたのである。

       二

 如水雌伏二十数年、乗りだす時がきた。如水自らかく観じ、青春の如く亢奮すらもしたのであつたが、時代は彼を残してとつくに通りすぎてゐることを悟らないのだ。
 家康も三成も山城も彼等の真実の魂は孤立し、死の崖に立ち、そして彼等は各々の流義で大きなロマンの波の上を流れてゐたが、その心の崖、それは最悪絶対の孤独をみつめ命を賭けた断崖であつた。この涯は何物をも頼らず何物とも妥協しない詩人の魂であり、陋巷に窮死するまでひとり我唄を唄ふあの純粋な魂であつた。
 如水には心の崖がすでになかつた。彼も昔は詩人であつた。年歯二十余、義理と野心を一身に負ひ死を賭けて単身小寺の城中に乗りこん
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