を持す芸術家と異るところはなかつたが、三成は己れを屈して衆に媚びる必要もあつたので、彼は家康の通俗の型に敗北を感じてゐた。その通俗の魂を軽蔑し、それをとりまく凡くら諸侯の軽薄な人気をあはれんだが、通俗のもつ現世的な生活力の逞しさに圧迫され、孤高だの純粋だの才能などの現世的な無力さに自ら絶望を深めずにゐられなかつた。
 三成には皆目自らの辿る行先が分らなかつた。彼はたゞ行ふことによつて発見し、体当りによつて新たな通路がひらかれてゐた。それは自ら純粋な、そして至高の芸術家の道であつたが、彼はその道を余儀なくせられ、そして目算の立ち得ぬ苦悩があつた。家康には目算があつた。その小説の最後の行に至るまで構想がねられ、修正を加へたり、数行を加へてみたり減らしてみたり愉しんで書きつゞければよかつたのだ。家康は通俗小説にイノチを賭けてゐたのである。三成の苦心孤高の芸術性は家康のその太々しい通俗性に敗北を感じつゞけてゐたのだ。
 直江山城は無邪気で、そして痛快だつた。彼は楽天的なエゴイストで、時代や流行から超然とした耽溺派であつた。この男は時代や流行に投じる媚がなかつたが、時代の流れから投影される理想も
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