ェ(寅さんの本名を今思ひだした。彼は後日、作家となつた笹本寅である)私は然し寅さんの一言に眼前一時に暗闇となり、私が時事に書かされたことも実はWの指金であり好意であるやうな邪推が、――私は邪推した。せずにゐられなかつた。Wの好意を受けたことの不潔さのために、わが身を憎み、咒つた。
寅さんの話は思ひ当ることのみ。矢田津世子は日曜毎に所用があり、「桜」の会はそのため日曜をさける例であり、私も亦、日曜には彼女を訪ねても不在であることを告げられてゐたのである。
如何なる力がともかく私を支へ得て、私はわが家へ帰り得たのか、私は全く、病人であつた。
★
私はまつたく臆病になつた。手紙は三日目ぐらゐに来つゞけてゐた。同人の会でも会つたし、その他の場所でも会つてゐた。
Wのことは同人間でも公然知れわたつてゐた。彼等は私の心事を察して、私の前では決してそれに触れぬやうにいたはつてくれたが、いたはりすらも、私には苦痛であつた。
創刊号の同人の座談会で、私は例の鼻ッ柱で威勢よく先輩諸先生の作品に悪口雑言をあびせつゞけたものであつたが、その中で一句、私の言葉に矢田津世子が同感
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