驍フかと疑らねばならないことが幾度かあつた。私は筆を投げて、顔を掩うたこともある。
私は戦争中、ある人妻と遊んでゐた。その良人は戦死してゐた。この女の肉体は、最も微妙な肉体で、さういふ肉体の所有者らしく、貞操観は何もなく、遊ぶ以外に目的はないやうだつた。
この女は常にはたゞニヤ/\してゐるばかりの凡そだらしない、はりあひのない女であつたが、遊びの時の奔騰する情熱はまるで神秘な気合のこめられた妖精であつた。別の人間としか思はれない。
然し、淫楽は、この特別な肉体によつてすらも、人の心はみたされはせぬ。私が矢田津世子の肉体を知らないことに満ち足りる思ひを感じるやうになつたのは、そのときからで、それは又、あたかも彼女の死のあとだから、無の清潔が私を安らかにもしてくれた。
魅力のこもつた肉体は、わびしいものだ。私はその後、娼婦あがりの全く肉体の感動を知らない女と知ると、微妙な女の肉体とあひびきするのが、気がすゝまぬやうになつてゐた。
娼婦あがりの感動を知らない肉体は、妙に清潔であつた。私は始め無感動が物足りないと思つたのだが、だん/\さうではなくなつて、遊びの途中に私自身もふとボンヤ
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