真をとりだして、娘に示した。
「この写真を見てごらん。なにか気のつくことはないかね」
 それは安らかに死んでいる奈々子の上半身であった。注射をうたれて死んだのだから、左の腕は肩の近くまで袖がまくれているが、それ以外は特に変ったこともない。
「特に気のつくことって、なさそうじゃないの」
「では、次に、これだ」
 父は証人の証言をとじたものを開いて、一ヵ所を探しだした。
「ここを読んでごらん」
 それは附近の時計商の証言であった。それによると、当日の午すぎに奈々子が南京虫を一ツ売りにきた。売った金で、今度は時計の腕輪を買って戻ったというのだ。時計を売ったから、むしろ腕輪の不要品が一ツふえた筈なのに、腕輪を買って戻ったから、甚だ奇異に思ったと時計屋は語っているのである。
「そうねえ。時計屋さんはフシギがったでしょうね」
「お前はフシギじゃないのか」
「だって、彼女は持たないから買ったんでしょうね」
「当り前さ。その腕輪は、ホレ、南京虫と一しょに、注射をうった奈々子の左腕に巻かれているじゃないか」
「そうね」
「すると、こッちの南京虫は?」
 父はそう云いながら、陳の邸内で拾ってきた南京虫の輪
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