》だつた。二人は遊びに飽きなかつた。けれども凛冽な魂の気魄と気品の高雅が、いつも道鏡をびつくりさせた。それは夜の閨房の女帝と、昼の女帝の、まつたく二つのつながりのない別な姿が彼の目を打つ幻覚だつた。夜の女帝は肉体だつたが、昼の女帝は香気を放つ魂だつた。
彼は夜の淫蕩を、昼の心で悔いることができなかつた。なぜなら女帝の凛冽な魂の気魄が、夜の心を目の前ではつきりと断ち切つてしまふから。彼の魂は高められ、彼の畏敬はかきたてられた。それは女ではなかつた。偉大にして可憐にして絶対なる一つの気品であり、そして、一つの存在だつた。
そして夜の肉体は、又、あまりにも淫縦だつた。あらゆる慎しみ、あらゆる品格、あらゆる悔いがなかつた。すべては、たゞあるがまゝに投げだされ、惜しみなく発散し、浪費し、行はれ、つくされてゐた。それ自体として悔い得る何物もあり得なかつた。惜しまれ、不足し、自由ならざる何物もなかつた。涙もあつた。溜息もあつた。笑ひもあつた。歓声もあつた。力もあつた。放心もあつた。悲哀もあつた。虚脱もあつた。怒りもし、すねもし、そして、愛し、愛された。
道鏡の堕落の思ひは日毎にかすみ、失はれた
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