母の天皇皇后はそのやうに彼女を育て、そして甚だ軽率に彼女の高貴な娘気質を盲信した。我々の娘だ。特別な娘だ。男などの必要の筈はない、と。
 首皇子を育てゝくれた祖母の元明天皇も、伯母の元正天皇も、未亡人で、独身だつた。彼女等の身持は堅かつた。そして聖武天皇は、当然孤独な性格をもつ女支配者の威厳に就て、見馴れるまゝに信じこみ、疑つてみたこともなかつた。彼は全然知らなかつた。祖母も伯母も、女としての自由意志が殺されてゐたことを。彼女等は自ら選んで犠牲者に甘んじてゐた。彼女等の慾情は首皇子を育てることの目的のために没入され、その目的の激しさに全てがみたされてゐた。彼女等は家名をまもる虫であり、真実自由な女主人ではなかつたのだといふことを。
 この二つの女主人の、根柢的な性格の差異を、聖武天皇はさとらなかつた。

          ★

 新女帝の治世の始めは、まだ存命の父母に見まもられて、危なげはなかつた。政治はむつかしいものではなかつた。たゞ全国的な大きな田地を所有する地主であり、その毎年の費用のために税物を割当て、とりあげるのが政治であつた。
 上皇は剃髪して法体《ほつたい》となり、ひた
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