をつけましたから」
「なるほど。女の掌ではないようだ。被害者の掌よりは、小さいが」
 たしかに、誰か、手型と、靴の跡とを残して逃げた者があった。
「暁さんは、タバコ、吸いますか」
「いいえ。大鹿さんも、タバコはお吸いになりません」
「なるほど。だから、灰皿の代りに、ドンブリを使っているのだな。しかし、たしかに、少くとも一人の男と、一人の女がタバコを吸っている。男が、一本。女が、二本」
 犯人は、彼だ。葉子は、すぐ、思った。しかし、タバコを吸った女というのは誰だろう。上野光子だろうか。
 葉子は警官に打ち開けた。
「私は犯人を知っています。あの人に相違ありません」
「あなたは見たのですか」
「いいえ。私と一しょに、東京から来たのです。私の良人の岩矢天狗です」
「一しょに、ここまで来たのですか」
「いいえ、京都駅まで、一しょでした。私は岩矢と離婚して、大鹿さんと結婚することになっていました。大鹿さんは私の手切れ金として岩矢に三百万円渡すことになっていました。明日の正午に受取ることになっていましたが、岩矢は明日の午後三時にある人に支払いする必要があって、今夜のうちに、金が欲しいと言いだしたの
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