です。私は今日の夕方、煙山さんが大鹿さんに三百万円渡したことを知ってますし、岩矢の態度には変ったところがなく、彼の欲しいのは金だけで、ほかに含むところがない様子を見てとりましたから、それでは、今夜のうちに大鹿さんからお金をいただきなさい、いっしょに隠れ家へ行きましょう、と、なんの気なしに、隠れ家も教えました。青嵐寺の隣のアトリエと云えば、すぐ、のみこめる筈です。青嵐寺は有名な寺ですし、隣家は一軒しかありません。私は、できるだけ早く手切金を渡して、ツナガリを断ちたい気持がイッパイですから、まさかに、こんなことになろうとは思わず、教えてしまったのです」
「なるほど。お二人は、一しょにここへ来たのじゃないのですか」
「一しょに来るはずでした。京都駅へ降りて、改札をでると、私をよびとめた人がありました。見知らぬ女の方ですが、上野光子というプロ野球のスカウトですと自己紹介なさったのです。私たちが立話をしているうちに、イライラしていた岩矢は、いつのまにか、姿が消えていました。私は彼の急ぐ理由を知っていました。明日の三時までに横浜に戻るには、零時三十二分発の東京行以外にありません。それが最終列車です
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