れない。
 煙山が乗車したのを見届けて、金口と木介は中央の二等車にのる。そこには煙山は乗っていない。
「ハテナ。一等車かな。それとも一番前の二等車かな。モク介、見てこいや」
「ヘエ」
 木介はズッと見てきたが、
「イヤハヤ。敵はさるもの、驚きましたわい」
「なにを感心しとる」
「一等車にはいませんわ。一番前の二等車にも、いませんが。なんぞ、はからん三等車の隅に、マスクをかけて顔をかくしていやがるよ。さッきの服装を見とったから、見破りましたが、煙山氏、お忍び旅行ですぜ。曰くありですな。察するに、二ツのトランクは、札束だ」
「今にして、ようやく、気がついたか」
「気がもめるね」
「煙山だって、自分の金じゃないのさ」
「なるほど。あさましきはサラリーマンだね。しかし、煙山氏の月給袋は、だいぶ、コチトラより重たいだろうなア」
 と、木介は悲しいことを言っている。
 無事、京都へとさしかかる。京都着は午後六時四十一分の予定。
「モク介。煙山の車へ行って、見張ってろよ」
「ヘエ」
 しかし木介は京都へ着かないうちに、うかない顔で戻ってきた。
「煙山の姿が、見えないですよ」
「便所か」
「煙山の坐っ
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