った。
その三 尾行
同じ朝の東京駅、七時三十分発博多行急行発車の十分前。金口副部長と羅宇木介が、煙山の姿の現れるのを待っている。
見知らぬ土地での追跡に一人じゃ危いというので、金口副部長も同行することゝなったのである。
「ヤ、来た、来た」
「どれだい。煙山は?」
「ヤに大きなカバン二つぶらさげてやがら。あの男ですよ」
「あの鳥打帽かい?」
「そうです」
四十五六の苦味走った男。この煙山、野球のスカウトで名高いが、本来は、剣術と柔道の使い手、五尺四寸五分のあたりまえの背丈だが、ガッシリした体格だ。スカウトとしては名声があるが、その私生活は、はなはだ世評の香《かんば》しくない男だ。銀座にキャバレーを経営しているが、ここまで云えば、あとはアッタリマエでしょう、説明がいらぬという人物。モグリの商事会社もやっているし、あの手この手のイカサマ、きわどいところで法網をくぐっているのがフシギなくらい。しかし野球のスカウトとしてだけは、実績をあげ、名声は隆々として、そのせいか、そッちでは、暗い噂をきかない。引ッこぬき作業自体が、イカサマ事業に類しているから、それで満ち足りているのかも知
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