乱していたのですから」
「そして、何時ごろ、そこを出たのですか」
「十分か二十分、居所が分ったツイデに、ちょッと冷やかしに寄っただけよ。十分か二十分ぐらい。表に車を待たせておいたのですから」
「あなたはタバコを吸いましたね」
「もちろん。私はタバコなしに十分間空気を吸っていられませんよ」
 こう言うと、彼女はケースからタバコをとりだして、火をつけた。
「あなたは、ワザワザ京都にアパートをお借りなんですか」
「プロ野球の関係者は、たいがい、そうです。しょッちゅう東西を往復しますから。一々旅館へ泊るより、アパートを借りとく方が便利なんです。スカウトなんて、人目を忍んで仕事を運ぶ必要がありますから、たいがい人に知れないアジトを持っているものです。煙山氏ぐらいのラツワン家なら、アジトの三ツ四ツ用意があるにきまっています」
「あなたは一ツですか」
「ええ、一ツ。カケダシですから」
「あなたは煙山氏のアジトを知ってますか」
「いいえ。それを人に知られるような煙山クンではありませんね」
「すると、あなたが大鹿君のもとを立ち去る時は彼氏ピンピンしていましたね」
「私が殺したとでも仰有るのですか」
「いいえ、何か怪しいことにお気付きではなかったかと、おききしているのですよ」
「何一つ変ったことには気付きませんでしたね。私は車で駅へ走りました。駅で暁葉子氏をつかまえるまで、誰にも会いません。自動車の運転手を探して訊いてごらんになると、分るでしょう」
「なるほど、ハッキリした証人がいるわけですね。どんな運転手ですか」
「私は覚えていませんが、先方は覚えているでしょう。昨夜の話ですから」
「そうですとも。すると、十時ちかくまで、大鹿君は生きていたのですね」
「そうです」
「や、どうも御苦労さま。もう、ちょッと、調べがすむまで、待ってて下さい」
 葉子、光子、一服の三証人を署にとめておいて、集った資料だけで、捜査会議がひらかれた。
 とにかく、岩矢天狗と煙山の行方をさがすのが先決問題であった。

   その五 汽車の中の契約

 金口と木介は八時半ごろ支局の若い者に叩き起された。ヤケ酒のフツカヨイで、頭が痛み、まことに心気爽快でない。
「大事件が起りましたよ。大鹿投手が昨夜殺されたのです。支局長は捜査本部へつめかけていますよ」
「アレレ。予期せざる怪事件。犯人は誰だ」
「まだ分りゃしませんよ。怨恨、物盗り、諸説フンプンでさ。支局長からの電話では、ラッキーストライクから受けとった三百万円が紛失しとるそうです」
「嘘つけ!」
「アレ! なんたる暴言」
「ソモソモ我等こと二名の弥次喜多はだな。東京のビンワンなる記者であるぞ。コチトラは朝の七時半から夜の九時半すぎまで、煙山を追っかけてきたんや。彼の足跡あまねくこれを知っとる」
「コレコレ。あんまり、大きいことを言うな」
 と、さすがに金口副部長、木介を制したが、木介いささかも、ひるまない。
「いえ、あまねく、知っとるですわ。煙山は夜の九時半までは確実に大鹿に会うとらん。九時半までは、三百万円は煙山のカバンの中にあり、九時半すぎは、旅館においてあったのです。大鹿は、何時に殺された?」
「夜の九時から十二時の間」
「ソレ、みろ」
「オイオイ、モク介。あわてるな。われらも渦中の人物や。考えてみろ。我等こと何故に煙山を追っかけたか、これ、怪人物の電話によるものである。これは、イカン。何者か、我等ことを笑うとる陰の人物がおるわ。捜査本部へ出頭じゃ」
 そこで両名は捜査本部へ出かけた。
 居古井警部は、両名の怪しき陳述に、いささか呆れた様子である。
「すると、あなた方は東京からズッと京都まで煙山氏を尾行してきたのですね」
「仰せの通りで」
 警部は一人の刑事に命じて、両名からきいた旅館の名を教えて、煙山に出頭してもらうように命じた。刑事はすぐ、でかけた。
「すると、大阪へ降りて、桃山、国府両選手を訪ねて、あとはマッスグ京都へ、ね。全然大鹿に会う時間はないワケですね。九時半ごろまで」
「左様で。しかし、ですな。我等ことがウドンをくい、酒をのんどるヒマに、煙山は散歩にでてしもうたですわ。しかし、カバンは、持って出ませんということで」
「しかし、九時半に上野光子が大鹿を訪ねていますが、そのときは契約を交したあとらしく、安心しきっていたそうですな」
「アレマ」
「無名の怪人物からの電話で尾行を命令したのですな」
「イヤ、煙山の出発の時間を知らせて来たのですわ」
「そこが、ちょッと、面白いですな」
「変な電話がチョイ/\かかってくるもんですわ、新聞社ちゅうトコは。たいがいインチキ電話ですが、今度ばかりは、煙山の出発時刻から、ズバリそのもの。東京のフリダシから京都の上りまで、チャント双六《すごろく》ができてますわ。やっぱり、正月のせ
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