んです」
「大鹿君の返事はどうでした」
「簡単ですよ。大鹿はほかの女と結婚する筈だと云うんです。お光には拒絶したと断言しました。今後お光から手をひくかと訊くと、ひくも、ひかないも、ほかの女と結婚するのに、お光とかかりあっていられる筈がないと云うので、話は簡単明快ですよ。ボクは安心して、すぐ、ひきあげました」
「それは何時ごろです」
「そうですね。九時ごろ訪ねたんですから、まア、二十分ぐらい話を交して、すぐ帰りましたな。新京極で祝杯をあげて、帰って寝ました」
「君は、大鹿君のところでタバコを吸いましたか」
「どうだったかな。ああ、そうだ。吸いました。灰皿かせ、と云うと、ドンブリ持ってきましたよ。奴、タバコを吸わないらしいです」
「そのドンブリは、誰かの吸いがらがはいっていましたか」
「いいえ、洗ったドンブリです。何もはいってやしません」
「ヤ、どうも、ありがとう。ああ、ちょッと。大鹿君はラッキーストライクへ移籍の話をしませんでしたか」
「いいえ、そんな話はききません。ただ金のいることがあって、お光にトレードを頼んだと云っていました。そのためにお光と会うだけで、結婚の話などはないという言い訳なんです」
「どうも、早朝から、御足労でした、もう、ちょッと、待っててください」
一服の証言を信用すれば、彼が帰ったあとで、女が、イヤ、男かも知れないが、とにかく口紅をつけた人物が訪ねて、タバコを二本吸っているのだ。
居古井警部は光子をよんだ。
「ゆうべおそかったようですね。今朝は又、早朝から、御足労でした。昨夜、何時ごろでしたか、大鹿君を訪ねたのは」
光子はフンとうそぶいて、返事をしなかった。その肉体は、小気味よく延びて、堂々たる威勢を放っていた。
「立派なおからだだな。何寸ぐらいおありです」
「一メートル六六。体重は五十七キロ」
「五十七キロ。まさに、ボクと同じだ。ところで、大鹿君からトレードの依頼があったそうですが、その話は、どんな風になっていますか」
「契約が成立したならお話できますが、私のは未成立ですから、公表できません。球団の秘密なのです」
「しかし、大鹿君が移籍すると聯盟の規約にふれて球界から追放されるから、結婚から手をひけと暁葉子さんを脅迫なさったそうですが」
「脅迫なんか、するもんですか。暁葉子こそ、曲者《くせもの》なんです。あれはツツモタセです。岩矢天狗と共謀して、三百万円まきあげるための仕事なのです」
「ホホウ。なぜ、そんなこと知ってますか」
「私は駅の改札口で二人の着くのを待ってたのです。二人は改札口から出てきましたが、岩矢天狗が葉子にこう言ったのです。オレは今夜、さむい夜汽車にゆられて帰るが、同じ時間に女房が男とイチャついていると思うと、なさけねえな、と。すると葉子が、三百万円なら大モウケよ、とナレナレしいものでした。私はムラムラ癪にさわったのです」
「なるほど。それだけですか」
「それで充分じゃありませんか」
「あなたは煙山氏に会いませんでしたか」
「会いません」
「大鹿君に会ったのは何時ですか」
「正午から三十分ぐらい」
「いいえ、昨夜の訪問時刻をおききしているのです」
光子はチラと反抗の色をみせたが、投げすてるように云った。
「九時半ぐらいでしょうよ。何の用もなかったのよ。ただ、河原町四条の喫茶店で、中学生が大鹿さんの話をしていたのです。青嵐寺の隣のアトリエにいると話しているのを小耳にはさんだので、何の用もなく、ブラブラ、行ってみる気になっただけ」
「そのとき、一服君に会いませんでしたか」
「アトリエにちかいところで、すれ違いました。私は自動車でしたが、彼は歩いてました。私は目をそらして、素知らぬ顔で通過しました」
「一服君はあなたに気づいたのですか」
「存じません。私はとッさに目をそらしたから」
「それから」
「アトリエはすぐ分りました。大鹿さんは私を見ると、今、一服氏が帰ったばかりだと言いましたよ。私は彼をひやかしてやりました。葉子夫人が来るから、ソワソワ、落着かないでしょうねッて」
「彼は、葉子さんと岩矢氏が一しょの汽車で、十時四十七分に着くことを知ってますか」
「私がそれを言ってやりました。一しょに来るなんて、変テコねッて。そして、専売新聞の記者が駅に待ち伏せているッて言ってやったら、ギョッとしたわね。でも、到着の時間は教えてやりませんでした。なぜなら、私が出迎える必要がありましたからね。そして、もう着いたころよ、とごまかしておいたんです」
「ラッキーストライクと契約を結んだ話をしませんでしたか」
「私は訊いてみましたが、彼は言葉をにごして、返答しなかったのです。しかし、私には分りました。彼の態度に落着いた安心がみなぎっていたので、契約に成功したな、と分ったのです。昼、会った時は、心痛のために、混
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