快な気持がこみあげてきたが、しかし、この先どうしたらいいのか、思えば、クラヤミがあるだけだ。胸がつぶれる悲しさである。
「なにを、ふさいでいるのよ。ほがらかに、ハッキリなさいな。私と結婚するのよ。そして、ネービーカットへ移籍するのよ。煙山クンや、ラッキーストライクの卑劣さを嘲笑ってやりましょうよ。私、あなたのために、二百万円失うぐらい、なんとも思っていないわよ」
大鹿は冷めたく目をあげて、
「あなたと結婚するんでしたら、こんなに骨身をけずる思いをして、三百万円で苦労しやしませんよ」
光子の顔色が変った。
「なんですって?」
「ボクは暁葉子さんと結婚したいのです。そのために、こんなに苦しい思いをしているのです」
「フン。結婚できないわよ。岩矢天狗に三百万円、払えないもの」
「その時の覚悟はきめていますよ。どなたのお世話にもなりません。自分一人で解決します。色々と面倒なことお願いして、すみませんでした。失礼します」
「お待ち!」
「いえ、ボクの気持をみださないで下さい」
クルリとふりむくと、ひきとめる手をふりはらって、大鹿は、立ち去ってしまった。光子が追って出た時は、もう大鹿の姿はなかった。
光子はジダンダふんだ。どうしても、大鹿の住所を突きとめねばならない。突きとめてみせる。そして、復讐してやる。ラッキーストライクへの移籍話をぶちこわして、三百万円をフイにさせ、岩矢天狗への支払いを妨害してやる。そして、自分に縋らざるを得ないようにしてみせる。天下の女スカウト上野光子は誰にも負けない女なのだ。
何時に着くかは知れないが、今夜中には煙山が来る筈だ。なぜなら、明朝までに、三百万の契約金を大鹿に手渡す必要があるだろうから。彼女は煙山を京都駅に張りこんでやろうかと思った。しかし、張りこんで、後をつけたにしても、その時はもう彼らの商談の終りだ。
光子が考えこんで歩いていると、一服投手にパッタリあった。
「さっきは、よくも、捨てゼリフを残して逃げたな。ヤイ、お光」
「なによ。天下の往来で」
「フン。どこだって、かまうもんか。キサマ、ほんとに大鹿と結婚するのか」
「フフ」
「オイ。もし、結婚するなら、キサマか、大鹿か、どっちか一方、殺してやる」
「すごいわね」
「なア、オイ、ウソだと云え」
「さア、どうだか。今のところ、ハッキリしないから。二三日うちに分るわよ。大鹿さんと
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