なぜ、あなたが三百万円欲しかったか、私はチャンと突きとめてますよ。誰から、きいたと思う? 岩矢天狗氏よ。あす二十日でしょう。彼氏、京都へ、暁葉子の手切金、うけとりに来る筈よ。三百万、払える?」
「えゝ、ま、なんとかなります」
「甘チャンね。煙山クン、お金なんか、持ってきやしないのよ。持ってくるのは百万だけよ。それで、なんとかなるの?」
そこは大鹿の急所だ。なんといっても、三百万という大金は、手にとってみないうちは、煙をつかむようで、見当がつかない。思わず言葉を失って、うなだれてしまった。
「私は煙山クンに会ったわよ。百万でごまかすツモリなの。あとは暁葉子の義理でひきずる算段よ。卑怯じゃないの。あなた、それでもいいの」
光子の目がランランと火をふいている。
「たとえ岩矢天狗のようなヨタモノ相手でも、人の奥さんとネンゴロになって、損害バイショウが払えなかったら、男がすたるわよ。野球選手の恥サラシじゃないの。私が二百万だしますから、岩矢天狗に、札束叩きつけてやってよ」
「あなたから、お金をもらうイワレはありませんよ」
「イワレはなくったって、お金が払えなかったら、どうするのよ」
「なんとかします。ボクは覚悟しました」
「なんの覚悟よ」
大鹿は男らしく、顔に決意をみなぎらした。
「そのときは、たぶん、死にますよ」
「バカね」
光子は苦笑したが、やがて顔色をやわらげた。
「未来の世界的大投手が、そんなことで死ぬなんて、ダラシないことね。私の言うこと、ききなさいな。私からお金をもらうイワレがないって云うけど、私と結婚しましょうよ」
大鹿はビックリして目をあげた。
「おどろくことないでしょう。去年の夏は、たのしかっわね。私、あなたの初登板の時から、日本一の大物だと思ったわ。ピースの豪球左腕投手|一服《いっぷく》クンが嫉いてね。なぜ、あんな小僧を相手にするんだ。なんて、つめよるのよ。小僧なんて、何云うのよ。あんたの三振記録なんて、小僧クンにたちまち破られるからって、言ってやったのよ。一服クン、去年の暮ごろから、しつこく私にプロポーズしてるのよ。今日も、街で出会ったの。一服クン、京都に住んでるでしょう。でね、すぐ結婚しよう、泊りに行こうなんて云うから、ハッキリ云ってやったの。私は二三日中に、大鹿さんと結婚するんですって。一服クン、青くなって、怒ったわよ」
大鹿はなんとも不
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