で三百八十万。百円札で百二十万。百円札が大変だ。トランク二つの荷物になってしまった。
 ところが、その夜の六時ごろである。
 専売新聞の社会部の電話がなる。居合した羅宇木介がとりあげると、ききなれない男の声で、
「専売新聞ですね。ハア、あのね。野球通の人にたのまれたのですが、明朝七時三十分発博多行急行にラッキーストライクの煙山スカウトがのるから、尾行してみたまえ、という話ですよ。サヨナラ」
 ガチャリときれた。
 暁葉子にかかりきって大鹿とのロマンス、大鹿の居所などを追っかけていた木介は、ギョッとして、金口《きんくち》副部長をふりかえり、
「変な電話ですぜ。これこれです」
「ふウン。部長に知らせろ」
 部長の自宅へ電話で指令を乞うと、
「実はな。大鹿のことでは、上野光子が引ッこぬきの話をもちこんでるんだ。上野光子は今夜の夜行で、京都へ行く筈だが、この引ッこぬきは金額の上で折合わなかったから、失敗するかも知れん。煙山がでかけるとすれば、これも大鹿ひきぬきだ。こッちが引ッこぬきに失敗したら、暁葉子のロマンスを素ッぱぬいてやれ。煙山をつけでみろ。そして、大鹿の愛の巣を突きとめておけ。煙山をつけて行けば、自然にわかるだろう。わかったな」
「ハ」
 そこで木介は伝票をもらって、出張の用意をととのえた。

   その二 一月十九日正午――一時

 とある料亭の別室で、向い合って話しているのは、大鹿と上野光子である。
「桜映画じゃ、一流投手二三人引ッこぬきに成功したらしいのよ。それで、大鹿さんのこと、うけつけてくれないの。それで専売新聞にかけあったんだけど、どうしても、百万までね。まア、それが、ホントのところ、あなたのギリギリよ」
 大鹿はむしろそれでホッとした顔だ。
「いえ、もう、その話は、いいですよ。どうも、お世話さまでした」
「アラ。アッサリしてるわね。やっぱり、ラッキーストライクがいいのね。暁葉子さんのいるところが」
「いえ、そんな話はありませんよ」
「ウソ仰有い。今夜、煙山クンがこッちへ来るでしょう」
「そんな話、知らないですね」
「フン」光子の眉間にピリピリ癇癪が走った。
「あなた、専売新聞のネービーカット軍に移籍しなさい。お約束の三百万、だします。専売から、百万。私から、二百万。私の全財産ですわ。どう?」
「もう、お金の必要がなくなったんです」
「なに云ってんのさ。
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