つて、取出したものに、小さなパンフレットがあつた。裏を返すと昭和四年発行、大浦天主堂とあり、一部五銭であつた。今も教会に売つてゐるから、もとめて御帰りなさいと言はれた。
 私が泊つてゐたイーグルホテルは、丁度、大浦天主堂の真下なのだ。ホテルをでゝ、坂道を四五十秒も歩くと、もう、天主堂の前である。翌日、私は天主堂へ登つて行つた。
 私は門番にパンフレットのことをきいた。あゝ、その本はね、昔はこゝでも売つてゐたが、今は本の係りの佐々木といふ人が取扱つてゐますから、上の入口でその人を呼出してきゝなさい、と教へてくれた。私は石段を登り、中段の入口でその人を呼出した。
 私が来意をつげると、その人の眼に狼狽の色が走つた。「そんな本は出版したことがありません」彼は言つた。
「いゝえ。出版されてゐます。私は昨日図書館で見てきたのです。図書館長が現に売つてゐるからと言つてゐます。私は怪しいものではありません」
 私は自分が小説家であること、又、この旅行の目的が島原の乱を小説にするためであることを説明して、名刺をだした。私の名刺に、彼は顔をそむけた。まるで、それが悪魔の護符であるやうな、愚昧な人の怖れで
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