ても、その日の虫加減で見込なしと判断すると、ひそかに食堂の娘をそそのかすといふ穏かならぬことを働く。尤も娘を誘惑できるやうな有為な騎士ではないから、実は、娘に案内させて、怪《あやし》げな喫茶店へ赴くのである。即ちこれ不良少女の巣窟である。そこで二人のもぐりの騎士は、京都くんだりの不良少女からひどく慇懃なもてなしを受けて、有卦《うけ》に入つてゐるのであつた。
食堂の親父は珍妙な人物だから、流石に先生は見上げたもんぢや、と益々僕を尊敬するばかり。目出度い話であつたが、まづ聞きたまへ。
娘は養女であつた。食堂の主婦の姉の子だが、主婦なる女人が天下に稀なお天気屋で、朝は娘を甘やかし、夜は娘を打擲《ちょうちゃく》するめまぐるしい変転ぶり。娘は養母を軽蔑すること限りもなく、ひとごとながら、先の危なさが思ひやられて頼りない有様で、はじめから娘は家出するやうに出来てゐた。
十二月のことだ。路上で中学生と立話してゐるところを見つかつて、母に叱られ、その夜行方不明になつたのである。
お天気屋だから、さて娘が帰らないとなると、騒ぎが芝居もどきになる。当時食堂の二階は碁会所を開いてゐたから、碁席の番人
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