から、口説くどころの話ぢやない。これは飛んだ罪なことを致しました、と安心して、四日目からは監視もつけなくなるといふ軽蔑ぶりであつた。
 三宅君世の無常を歎じて、京都の不良少女は二流でさあ。人間の心意気といふものが分らねえ、なぞ負け惜みを言つたが、意気揚がらざること夥しく、専らやけ酒を飲みたがるのも、亦《また》惨たる姿であつた。

       (三)[#「(三)」は縦中横]

 数日前、河原町四条の洋品店のショップガールから電話があつてお宅の娘さんが金借に来たが、様子が変だから、二時間後に又来ておくれやすと一応帰したからといふ知らせであつた。それといふので、食堂の親爺が張込みにでかけ、漸く娘を連れて帰つた。
 この娘、家へ戻つてから頑として口を開かぬ。何処にどうして暮してゐたか、なんと手をつくしてみても無言の業で、先生になら話すといふ御挨拶ださうである。
 ところで先生、探偵では面目玉を踏みつぶし、不良少女に舐められて、いささかならず世を儚なんでゐる最中ではあり、家出だの道行だのといへば七八年来この先生とは親類づきあひの心安い間柄で専ら悪徳の講釈に憂身をやつしてゐる御仁だから、大いにてれて、その儀ばかりはと、ひらに辞退したのであつたが、食堂の親爺といふ稀代な人物、思ひ込んだら雷が鳴つても放さない守宮《やもり》の生れ変りだから、狙ひをつけて食ひつかれたら、もはや万事休すである。娘を一室へ呼び入れて、訊問致すことになつた。
 訊問が、どうせ訊問にならないのは、先刻御察しの通りで、娘の奴め、先生道行と親類づきあひしてゐることを見抜いてゐるから、家出のあひだ男と一緒にゐたことを問はれぬ先に白状したが、それを両親に知られると困るから、先生の力でなんとか巧く捌いてくれとぬかす。
 即ち先生、再びこゝに、見事に鴨となり果てたのである。先生悲嘆にくれること限りなく、ベロナールにしようか、いつそピストルにしてくれようかと、思ひつめたほどであつたが、娘帰宅の報にこれも面目玉を踏みつぶした三宅君にやにやてれながら現れて、悲嘆の小生に血涙したゝる同情を寄せ、然らば河豚《ふぐ》に致さうと、河原町四条へ、生れて始めての河豚くひに出掛けたのは、まさしくこの時であつたのである。
 祇園乙部の界隈に、名高い豆腐屋があつて、隠岐《おき》和一の話(これが時々大いに当《あて》にならないのだが)によると、日
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