うなことを答える。答えるジイサンも釣りをしているワケではない。たゞ水面をジッと睨むと、魚がいるかいないかチャンと分る名人なのだそうである。野良仕事の行き帰りに、川や湾をジッと睨んで、チャンと頭にとめておいて、釣りに行こうという人に教えてくれるのであった。
一度は利根川へ舟を浮べて釣るのを見物した。小一時間つきあって、三人合計して一匹しか釣らなかった筈である。それでも釣り終えて帰る時には、各自四五匹ずつは釣っていたようであった。塵もつもれば山となる、というのが釣りの心境かも知れない。
一度はずいぶん遠い町外れのタンボの中の水溜りであった。沼だの池などというわけに行かない。五間四方ぐらいの水溜りなのである。廻りに肥えダメなどがあって異臭が溢れ、こんな水溜りで釣れたフナなど、一目環境を見た人なら食う気持にはなれない筈であった。すぐ頭上には土堤があって、そこへ上ると眼下に古利根がうねり、葦が密生している。こっちは、とにかく景色がいゝ。渓流とか、海とか、釣りなどゝいうものは風流人のやることで、無念無想、風光にとけこんでいる心境かと思ったら、とんでもない話なのである。土堤の向うに古利根の静かな
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