うのには無慙な感をいだかされた。死んでからの顔の方がはるかに安らかであったのである。ポオの小説に“The facts in the ease of Mr. Valdemar”という物語がある。ある男が、催眠術によって人間の生命を保ちえないものかと考えて、瀕死の病人に催眠術をかける。丁度死んだと思う頃、呼びさまして話しかけてみると、自分はもう死んでいると病人は言う、そうして断末魔よりも深い苦痛の声をもって苦しみを訴えるのである。それからの連日二十四時間毎に呼びさまして話しかけると、その表情その声は一日は一日に凄惨を極め、遂いに術者も見るに堪えがたい思いとなって術をとくのであるが、とたんに肉体は忽然として消え失せ、世に堪えがたい悪臭を放つところの液体となって床板の上に縮んでしまう。――大体、こんな筋の話であったと記憶しているが、私は長島の危篤の病床で、この物語を思い出していたのである。一つには長島もこの物語を読んでいたからであって、ある日私にそのことを物語った記憶が残っていたからであろう。そのことと関係はないが、彼は私への形見にポオの全集とファブルの『昆虫記』の決定版とを送るようにと家族に
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