言い残して死んだ。
彼の病床での囈言は凄惨であった。一見したところ、とりとめのない支離滅裂な叫びに思われるのであるが、結局のところ、彼の宿命的な一生の間、このどたん場へまで追いつめられてきた最後の一行ばかりを断片的に言い綴っているのであるから、彼の精神史の動きを知る私には、正気のそれよりも激しい実感が分ったのである。
私が、君の「エスキス・スタンダール」はいいものであると割に簡単な気分で言ったところが、突然長島は狂暴な眼を輝やかして嘘だ嘘だと絶叫しはじめた。そこで私が、こういう君の最も本質に属するところの仕事に就て人の言葉を相手に嘘だの本当だのと喚いてみても仕様がないであろう、それよりも莫迦者の寛大さをもって長閑な道化役者の心をもってきく方がいいらしいと言ったところが、彼は急に激しい落胆を表わして、でも俺はそれよりも弱い人間なんだと悄然と呟いた。これは決して気が狂っていないと私は思った。むしろ正気の人間よりも鋭敏である。私の場合で言うと、私は酒に酔ったある瞬間に時々この状態の鋭敏さを持つことがある。狂人の全てがこうではあるまいが、これが狂人なら狂人は恐るべき存在だと私は思った。
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング