は負けやしまいな」
「負けるもんですか。マキの方さえたしかなら、旦那はどこへでも行ってらッしゃい」
 一方、床屋の源サン。これは夜更かし商売だから、当日もかなりおそくまで眠った。顔を洗って、神ダナと仏壇を拝む。いつものことで、今日だからというわけではない。
「正坊はどうした?」
「午《ひる》まで遊んでくると云って、でかけましたよ」
「フン。落着いてやがるな。それでなくちゃアいけねえ」
「今日は大丈夫かしら」
「大丈夫だとも。正坊の二ツ年下で、角をひいて正坊に勝てるような大それたガキがいてたまるかい。だから正坊にそう云ってやったんだ。お前が勝つにきまってるから、あせっちゃいけない。ただ年下の奴が角をひくんじゃカッとして腹が立つ。腹を立てちゃアいけない。静かな落着いた気持で指しさえすりゃア負ける道理がないんだとな」
「じゃア大丈夫ね」
「むろん、大丈夫だ。金太郎の野郎め。今日こそはカンベンならねえ。チンドン屋を先頭に、金太郎はキチガイでござんすという旗をたてて、市内を三べん廻らせてやる」
 定刻になると、源サンはセビロを一着して、むろん弟子にヒゲを当らせ頭にはポマードをたッぷりつけて、正坊
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