僧が天才だと。笑わせるな。町内の縁台将棋の野郎どもを負かしたぐらいが、何が天才だ」
「町内じゃないや。人口十万のこの市に将棋の会所といえば一軒しかねえ。十万人の中の腕の立つ人が一人のこらずここに集ってきて将棋をさすのだ。縁台将棋とモノがちがうぞ。正坊はな。この会所で五本の指に折られる一人だ」
「そこが親馬鹿てえものだ。碁将棋の天才なんてえものは、紺ガスリをきて鼻をたらしているころから、広い日本で百人の一人ぐらいに腕が立たなくちゃアいけないものだ。この市の人間はただの十万じ々ないか。十万人で五本の指。ハ。八千万じゃア、指が足りなすぎらア。八千万、割ることのオ十万、と。エエト。ソロバンはねえかな。八千万割ることのオ十万。八なアリ。マルなアリ。またマルなアリ。また、マル、マル、マル。いけねえ。エエト」
 金サンは手のヒラをだして、指で字をかいて勘定した。
「八千万割ることの十万で八百じゃないか。そのまた五倍で、五八の四千人。ざまアみやがれ」
「十四の子供だい。たった十四で四千人に一人なら立派な天才というものだ。なア。お前ンとこの長助はどうだ。ゆくゆくは職業野球の花形だと。笑わせるな。親馬鹿に
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