は子供がナイフで斬りつけたのよ。私だってナイロンの靴下がはきたいけど、ほら、この靴下。敗残兵の靴下よりも貧弱だわね」
「さほどにも見えない。この村では華美の方だね。スカートの代りにもんぺを用いれば靴下はいらない。カスリの着物は綻びもつぎはぎも目立たないものだが、その洋服ではいもりがはらわたをだしたようだ」
「うまいわね。この村の男は東京の新聞よりも表現がうまいわよ。女のあらを探すときにはね。女をやッつけるのが村の男の一生の仕事らしいや」
小野マリ子との初対面はこんな風であった。まもなく宿直の男教員が登校したので余は暇を告げたが、かの男教員は余を見るより百年の仇敵に会えるが如くに詰めより、
「このバラック校舎で今年の冬を越させるのですね。窓ガラスは殆どわれてますよ。見えないのですか。教室の床は土間ですよ。雪がつもれば、教室の中は泥濘になるのだ。そんなところで子供に勉強させられますか」
彼は戸をあけて教室の内部を示した。余はそれには答えずに退去したのである。
余のこの村の生活は老夫婦二人ぐらしであったから、話題もおのずから限られて、不覚にもバラック校舎に床板すらも張られておらぬことを
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