知らなかった。窓ガラスが大方われていることも知らなかった。上長に対してやや行き過ぎの嫌いはあるが、男教員の難詰もいわれなきことではない。余は翌日、羽生助役にこの旨を話して、応急善処をはかる考えであった。
しかるに翌日出勤すると、助役は余を待ちかまえていて、
「あなたは昨日小学校へ行きましたね。女の先生と差し向いで何をしてきましたか。あの堕胎先生と」
彼は思いがけない見幕で詰め寄った。余には理由がのみこめないから、
「この村では村長と女教員とが差し向いで話をしてはいけませんかね」
「あれにたばこをやりましたね。たばこを一個」
「なくて困っていたから、あげたのさ」
「いつもなくて困っていますよ。いつもやったらどうですか。村長ともあろう人が。あの堕胎先生に」
「堕胎先生とは?」
「堕胎した先生だからさ。村の者はそうよんでますよ。誰も名前をよびません。子供まで蔭で云ってますぜ。たばこ一個で身をまかせかねない淫売以下の淫奔女です。あれがこの村では先生ですから、小学校は伏魔殿です」
「伏魔殿? 宮殿かな。あれが。魔王は誰だね」
「元海軍大佐ぐらいじゃ魔王にもなれませんや。戦争にも行けないような
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