」
「私も元をとるつもりだから、値は特に安くはできませんが、それでよろしければゆずりますとも」
相当な高値であったが宿直室に張れるだけの床板をわけてもらった。羽生は作業を終えて、板を車につみこみはじめたので、余は彼に大工道具を借りうけ、宿直室の床張り作業にかかりはじめた。そこへマリ子が帰宅した。
マリ子は余に挨拶も返すことなく余の作業を眺めていたが、次第に蒼ざめた顔になった。
「よして下さいよ。私にことわりもなく」
マリ子は余につかみかかって大工道具をひったくった。余はマリ子の感謝をうけるものと一途に思いこんでいたために、途方にくれてしまったのである。
「心やすだてに無断で作業をはじめて相済まない。日暮れまでに床を張りたいと思い立ったのでね」
「誰にたのまれてですか」
「たのまれたわけではないが、あなたがたばこと同じように喜んで受けてくれると思ったのでね」
「たばこと同じにですって! たばこと何が」
マリ子の見幕がすさまじいので、余は言葉を失った。マリ子は土間の中をぐるぐる歩きながら云った。
「私たちはたたみなんて、もう捨てたんです。憎んでいます。たたみに甘えるぐらいなら、恥辱
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