りましたとも。しかし、人間はいつまでも同じことやると限ったものじゃないですよ。子供をなだめるような言い方は、失敬千万ですぜ。それとも、今まで手弁当でやったから、私の財産はみんな学校へやっちまえと仰有《おっしゃ》るのですか。きいた風な口をきく代りに、あなたがやって下さいよ。私はもうこりごりですよ。そこは邪魔だから、向うへ行ってもらいましょう」
 余はやむを得ずそこを去った。ふと宿直室をのぞいてみると、マリ子もその母も外出中らしく姿が見られなかったが、カリエスの病人が粗末な寝台にふとんをしいて寝ているのが見える。寝台とは云え、土間に棒をわたして板を並べただけのもので、土間から二三寸高いだけである。かりにも寝台なぞと申すべきものではなく、路傍の変死人を近所の小屋へ安置したようなものだ。このまわりに母と姉が藁をしいてもぐりこんでいる有様を想像すれば、難民の姿にまさる悲惨さである。これが大佐の遺族かと思えば余の胸はつぶれる思いであった。
 余は羽生のもとへ引返して、
「御多用中相済まぬが、ひとつ商談に乗っていただきたい。私が私財で宿直室に床を張りたいと思うが、適当な値で板をゆずっていただけまいか
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