なんです。もっとも、軍人だけに限りませんや。すべて各界に於ける最大の裏切りは、その道の者が行うのですよ。何事によらず、そうですとも」
余はむしろ彼自身がそのような放火犯人にふさわしいと考えたが、彼の物腰も言葉もいかにも分別と落付きに富む風情で、変った様子は見受けられなかった。
しかるに次の日曜日に再び騒ぎが起った。羽生が単身学校にのりこんで、教室の床板をはいでいるというのである。
余が報に接して学校に赴くと、今回は戒厳令下の如きものは一切見当らない。子供たちは何事も知らぬげに校庭に遊んでおり、羽生がひとり教室の中で床板をはぐ作業に没入していた。
「御精がでるね」
と余は笑いながら彼に近づいた。
「学校の修繕かね」
「なーに。これは私のものだから、傷まないうちに取返すんですよ」
「君がそんなことをする人かね」
「へ。自分のものを取返すのが変ですか」
「君は手弁当で村のために献身する人ではないか。別して、学校再建のためには人知れず孤軍奮闘している人だ。学校再建のためにすでに相当の私財をそそいでいる筈ではなかったかね。この床板に限って取返すとはわけが分らないじゃないか」
「手弁当でや
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