放火の現場を見たのですか」
「見てはおりませんが、諸般の状況で彼が犯人であることに間違ありません。犯人は根作ですよ」
 憎悪に狂ったあまりの例の邪推に相違ない。余が聞き耳をたてる風がないのを見て、彼はいささか気色ばんで説明をはじめた。
「昨年、小学校の怪火に先立って火事が三度もつづいたのは御記憶のことと思います。いずれも火の不始末からの失火ですが、この村に三度も火事がつづくなどとは、曾《かつ》てない異常な出来事です。当時村の消防団長だったのが根作ですが、そこで彼が先頭に立って、防火週間というものをやりました。戦争中でも防空演習をやらなかった村なんですが、こう火事ばやりでは実戦的にやらなくちゃア、まさかの役に立たないからというので、バケツリレーを戦時の東京と同じように村民総出で一週間つづけましたね。あなたもバケツリレーに参加されたようですが、村民の大部分は渋々ながらも参加したようなわけです。ところが、小学校の教員の大半の者がとうとう一日も姿を見せなかったのです。彼らの云い分によると、バケツリレーというものは、空襲の場合なぞに限られるもので、みんなが支度をととのえて火事の起るのを待ちかまえ
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