おさまってもらってはこまる。御承知の如くに村の財政は予算難であるが、予算が足りなければ根作の馬を売って不足を補えばよいなぞとは、無能どころか、ワンマン、暴君である。無能を売り物にして難局に当ることを避けるのは卑怯だが、どうだ。俺が一つやってやろうという気をそろそろ起してはどうだ。足りない予算は俺がつくろう、思いきって自腹を切ってやろうじゃないかという気持をそろそろ起してはどうだ。仕事に身を入れれば、人間は自然にその心を起すものだが、軍人は村長になっても自腹が切れないか」
「そうだ。そうだ。自腹をきって金をつくってこい!」
 どよめく声が起った。中には、軍人の罪ほろぼしをやれ、という声もあった。殿様のつもりか、という声もあった。いずれも余の臓腑をえぐる声であった。またしても軽率に言を発して、身をさいなむに至ってしまった。
 余の生家は富裕ではなかった。余に残された畑の如きも、素人が耕して手があまるほどのものでしかない。幸い余が軍人時代に老父母のために新築したのが今日わが身の役に立っているのであるが、そのほかには蓄えというものもない。思えば、村長たるの給料によって戦後はじめての栄養を得てい
前へ 次へ
全34ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング