う」
と立ち上りかけるのを見ると、余の心は変ったのである。
「放っておきなさい。悲しいかな。私たちにはあの娘の行うことを無理にひきとめるだけの位がない」
「こんなことに位なんかがいりますか」
「左様。私は百姓の倅に生れ、半生軍人であったが、藁にもぐって寝ることを志すような勇気ある決断を選ぶことを知らなかった。あの娘に忠告するのは、私の身にあまることだと思うよ」
余は不覚にも泣きぬれてしまったのである。余の一生は、愚かのままに、すでに過ぎ去ってしまったのだ。もはや取り返すすべもない。
余は男子であり、軍人であったが、マリ子の如くに身を挺して事に処する態度に於ては全く欠くところがあったようだ。今日、老残の身をもてあましているのもいわれなきではない。わが過去に於てマリ子の片鱗だにあらば、なお救いのあろうものをと思った。
3
マリ子とその家族は土間の宿直室へ戻って住んだ。病人の弟だけは手製の寝台にふとんをしいてねているが、マリ子とその母は押入にねているとも云われ、土間に藁をしいてもぐりこんでいるとも云われ、諸説紛々であった。
羽生や根作らは意外の結果におどろいた。再
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