超人だけが、道化の笑ひに鼻もひつかけずに済まされるのだ。道化はいつもその一歩手前のところまでは笑つてゐない。そこまでは合理の国で悪戦苦闘してゐたのである。突然ほうりだしたのだ。もしやくしやして、原料のまま、不合理を突きだしたのである。
 道化は昨日は笑つてゐない。さうして、明日は笑つてゐない。一秒さきも一秒あとも、もう笑つてゐないが、道化芝居のあひだだけは、笑ひのほかには何物もない。涙もないし、揶揄もないし、凄味などといふものもない。裏に物を企んでゐる大それた魂胆は微塵もないのだ。ひそかに裏に諷してゐるしみつたれた精神もない。だから道化は純粋な休みの時間だ。昨日まで営々と貯めこんだ百万円を、突然バラまいてしまふ時である。惜げもなく底をはたく時である。
 道化は浪費であるけれども、一秒さきまで営々と貯めこんできた努力のあとであることを忘れてはならない。甚だしく勤勉な貯金家が、エイとばかり矢庭に金庫を蹴とばして、札束をポケットといふポケットへねぢこみ、さて、血走つた眼付をして街へ飛びだしたかと思ふと、疾風のやうにみんな使つて、元も子もなくしてしまつたのである。
 道化の国では、ビールよし、
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