いから、部屋の支度をととのへるあひだ、旅人も卓によつて地酒をのんだ。旅人を見るとお綱の浮気の虫が動いた。
部屋の支度ができ、旅人は二階へ上つて、だるまを相手に改めて酒をのみはじめた。暫くすると階段をのぼる威勢のいい跫音《あしおと》がとんとんとんと弾んできて、お綱がにや/\笑ひながら旅人の部屋へ現れた。坐らうともしないで、すくすく延びきつた肢体をくねらせながら突立つたままであるが、片手を目の下へもつて行き、のぞき眼鏡のやうな手の恰好をこしらへて人差指でおいでおいでをしたのである。旅人は莫迦々々しさに苦笑せずにゐられなかつた。
「ここへ暫く泊るの?」
「明日から温泉へ泊るのだ」
「明日の晩、今時分ここへおいで」
野性の持つあの大胆な、キラ/\となまめかしく光る流眄《ながしめ》を送り、お綱はくるりとふりむいた。さうして歩きだしたと思ふと、そんな婆あと遊ぶんぢやないよ、と言ひすて、野禽のやうにけたたましい笑ひ声をたてながら階段を調子をとつて駈け降りて行つた。面喰つた旅人よりも、禅僧の悩みの方が複雑であつたのは言ふまでもあるまい。お綱の奴が急に二階へとんとん登つて行つた意味は一目瞭然であるか
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