わけか、お綱は呼び寄せられてこの老人の妾になつた。その時が十八。五年目に老人が死んだ、妾時代お綱は出入りの男達と相手選ばずの浮気をしたが、老人が死ぬと身体一つでのこ/\村へもどつてきた。身体のほかに持つてゐたのは頭抜けた楽天性と健忘性と野性のままの性慾だつた。村へきても誰はばからず本能の走るがままに生活した。さういふお綱に惚れて、自殺したうぶな男もあつたのである。
 ある時村へ一人の旅人がきた。隣字の温泉へ行くつもりのものが生憎と行暮れて、この字では唯一軒の旅籠《はたご》兼居酒屋の暖簾をくぐつたのである。農家の土間へ牀机《しようぎ》をすえ手製の卓を置いただけの暗い不潔な家で、いはゆる地方でだるまといふ種類に属する一見三十五六、娼妓あがりの淫をすすめる年増女が一人ゐた。こんな疲弊した山村では淫売がむしろ快活な労働にもなるのだらうが、見るからに快活、無邪気、陽気で、健康な女がゐるのである。さういふだるまの一人がこの店にもゐた。
 旅人がこの銘酒屋の暖簾をくぐつて現はれたとき、土間の卓には禅僧がお綱と共に地酒をのんでゐる時であつた。山村のことで旅人をむかへる部屋が年中用意されてゐるわけでもな
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