には決して理解することのできなかつた逸楽のあとの満足のために疲れきつた肢体をなげだし、お綱は苦しげに笑ひのしぶきを吐きだしてゐた。若者達の一団が追ひついた。――
 甚だありふれた事情が起つた。同時に奇妙な事件であつた。
 居酒屋にはホセのほかにも一人の土方がだるまを相手にしてゐたが、彼等はこの土地の鈍重な自然人とは種属がちがつて、流れ者の度胸と機に応ずる才智があつた。二人の土方は立ち上つた。若者達は顔色と言葉を失ひ、あとじさりした。道路へぢり/\さがつていつた。二人の土方も道路へでた。若者達の一団に気転のきいた一人がゐたらここで一言わびるだけで万事無難に終つたのだが、鈍重な気候や自然はさういふ気転と仇敵の間柄ではぜひもない。こんな騒ぎが起つてゐても村は眠つてゐるのである。もとより人家すら三十間に一軒ぐらひの間隔で至つてまばらなものであるが、その住人も山の頂きの踊りの方へ出払つてゐる。赤ん坊と植物と暗闇だけではこの騒ぎも誰知る人があるまいと思ひのほか、生憎の人物がどうしたはづみかこの場に居合はしてゐたのである。禅僧であつた。
 異様なさうして貧弱な肉塊が突然土方に躍りかかつた。それが禅僧
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